生体内遺伝子治療を目指した脂質膜ベシクル遺伝子ベクターの開発
分子生物学の発展に伴って、遺伝子を疾患の治療に利用しようとする遺伝子治療の考え方が1970年代に入って考案され、1980年代になるとアメリカを中心に治療への臨床実験的な応用がなされるようになってきた。日本でも1995年に初の遺伝子治療が施され、それ以後、大学病院を中心に多くの遺伝子治療が臨床応用されている。現在の遺伝子治療は先天性遺伝子疾患や末期がんなどの治療に限られており、実験的要素を多分に含んでいるものであるが、今後、遺伝子治療の有効性が実証されれば、適用症例は大幅に増えるものと予想されている。たとえば、種々のがん、糖尿病、リュウマチ様関節炎、さらにアルツハイマー病など、現代社会が抱える主要な疾患の多くが遺伝子治療の対象となりうる。
しかし、問題点も多く指摘されている。最も重大な問題は、遺伝子運搬体であるベクターに関するものである。現在利用されている遺伝子導入ベクターの90%がウイルスを用いたものである。ウイルスベクターは遺伝子の導入効率が高いという利点もあるが、一方で病原性をもつ増殖性ウイルスが出現したり、細胞毒性を示すことがあるなど、その生物的安全性が疑問視されている。
そこで本研究では、非ウイルス性の遺伝子導入ベクターとして利用可能な脂質膜ベシクルの開発を目的とした。脂質膜ベシクルを遺伝子導入ベクターに用いることの利点は、ウイルスに由来する潜在的生物危険を回避できる点にある。そのため、ウイルスベクターを用いる現在の遺伝子治療では、遺伝子導入のターゲットとなる細胞をいったん生体外に取り出し、遺伝子導入後ふたたび生体内に戻すという生体外遺伝子治療が主流となるが、脂質膜ベシクル遺伝子導入ベクターを用いれば、その安全性の高さから、生体内遺伝子治療への適用が可能であり、患者への肉体的・精神的負担の軽減のみならず、より効果的な遺伝子治療が期待できる。また、本研究グループが新規に開発した抗体固定化の基本技術にさらに改良を加え、脂質膜ベシクル上に抗体を効率的に固定化することで、目的細胞に対して選択的に遺伝子導入することが可能になり、よりリスクの少ない遺伝子導入ベクターの構築が期待できる。
分子生物学の発展に伴って、重篤な先天性遺伝子疾患やがんなどの治療に遺伝子治療が適用されるようになってきた。しかし、現在主に用いられているウイルスベクターは、安全性が疑問視されている。そこで、非ウイルス性の遺伝子導入ベクターの開発が急務とされている。本研究は、脂質膜で構成されたマイクロカプセル(脂質膜ベシクル)を細胞への遺伝子の運搬体、すなわちベクターとして利用することを目的としている。また、脂質膜ベシクル表面上に抗体を固定化することにより、特定の細胞に対して選択的に結合し、遺伝子を導入できる標的指向性遺伝子導入ベクターを開発することで、生体内遺伝子治療への応用を目指す。
