愛媛大学 農学部 生態系保全学研究室

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研究紹介

 地球上の様々な生態系のなかで浅海域生態系は最も生物多様性や生産量が高い生態系の一つであり、また、人間活動が盛んな地域に隣接します。特に、日本を含む東北アジアは、世界的にみても経済活動が最も発達している地域の一つです。そのため、我々は豊かな生活を送ることができますが、その反面、様々な人間活動の影響が最も出現する地域でもあり、多数の生物がいつのまにか姿を消しています。

 そのために浅海域生態系における生物群集の多様性や生産量等の解析、人工化学物質の排出や気候変動等の人為的活動が及ぼす影響評価を行うことは、今後の浅海域生態系の生態系保全をすすめるうえで、極めて重要な研究分野であると考えてられています。

 そこで、本研究室では浅海域生態系を中心に人間活動と自然が調和できる生態系保全や産業振興等を生態学の立場から研究しており、現在、主に下記の研究を実施しています。

1. 小型甲殻類の生物多様性や分類学

 浅海域生態系は様々な生物から構成されますが、端脚目甲殻類は、植物プラントン等の一次生産者(基礎生産者)と魚類等の上位の生産者の間に位置する二次生産者の重要な一群です。本研究室では、端脚類甲殻類のうち、ワレカラ類を中心に生物多様性や分類学的記載等に関する研究を続けてきました。

 ワレカラ類は、一般的な海洋の無脊椎動物と異なり、プランクトンの幼生期がありません。そのために、地域毎の種分化が大きいと考えられています。古くから知られている一般的な種でも、模式産地の個体等と詳細に比較すると、複数の種に分化していることがわかってきました。今後、熱帯域から日本南岸に広く分布するワレカラ類の優占種の地域間の形態学的比較等の研究を行う予定です。

2. 浅海域生態系における人工化学物質の分布、生物濃縮特性及び影響評価

 日本周辺の浅海域やベトナムの沿岸域において、ヒ素や水銀等の微量元素(重金属)や様々な人工化学物質、特に、TBT(トリブチルスズ)等の有機スズ化合物やポリ塩化ビフェニル(PCBs)等の残留性有機汚染物質(POPs)の分布や食物連鎖を介した生物濃縮特性の解析を行ってきました。なお、これらの研究では、炭素・窒素安定同位体比等により食物連鎖網中の各生物の栄養段階を数値化し、生物濃縮特性を解析しています。

 南ベトナムのメコンデルタから採集した各種の生物の21種の微量元素の生物濃縮特性を解析しましたが、栄養段階の上昇による有意な濃縮が見られたのは、セレン(Se), ルビジウム(Rb)と水銀( Hg)だけでした。また、水銀の濃縮も他の生態系ほど高くないこともわかりました。

 日本沿岸域の生態系で有機スズ化合物の生物濃縮特性を解析した結果、TBTでは食物連鎖を介した生物濃縮がおこらないものの、化学的特性が似ているTPT(トリフェニルスズ)は生物濃縮がおこることが明らかになりました。また、日本各地でホットスポットと呼ばれる高濃度域が点在すること等が明らかになりました。POPsでは、特に、PCBsやポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDEs)に関して各異性体毎の生物濃縮特性の解析を行いましたが、各異性体の生物濃縮特性は塩素数の増加に従い6塩素化PCBs付近まで増加すること、PBDEsでは、異性体は脂溶性がほぼ同じPCBs異性体よりも生物濃縮しないこと等がわかりました。

 PCBsには209の異性体がありますが、現在、日本近海のスズキ等の魚類中の各異性体毎の詳細な分析を行っていますが、約150種程の異性体が検出されています。これらの成果より、PCBsの濃度インベントリーを作成する予定です。

 また、ワレカラ類等の小型甲殻類やサンゴ等の無脊椎動物を用い、TBTやそれらの代替物質が環境中で検出されるレベルでの濃度が、どのような影響を及ぼすのか研究しています。今後、TBTの代替物質や生活関連化学物質の影響評価なども今後の重要なテーマとなります。

3. 気候変動が浅海域生態系へ及ぼす影響評価

 近年、産業活動の増大により、地球全体の気温や海水温が上昇し、各地の生態系へ影響を及ぼしていることが指摘されるようになってきました。本研究室ではこのような地球温暖化等の環境変動が日本沿岸の浅海域生態系へどのような影響を及ぼすのかを研究してきました。その結果、宇和海沿岸では夏季よりも冬季の水温上昇が顕著であること等が明らかになりました。また、宇和海で養殖されているマコンブでは、冬期の気温が上昇すると、その生産量が低下することがわかりました。

4. 性ホルモン受容体などの核内受容体を介した化学物質の影響評価

 核内受容体(nuclear receptor)は細胞内タンパク質の一種であり、エストロゲンやアンドロゲンなどのホルモンなどが結合することによって細胞核内でDNA転写を調節し、発生、生殖、代謝、恒常性などの生命維持に重要な役割を果たしています。しかし、ホルモンなどと類似の化学構造を示す化学物質は、誤って受容体に結合・シグナル撹乱を引き起こし、結果として本来の生物機能に悪影響を及ぼす可能性があります。
 そこで我々は、環境中のどのような化学物質が受容体に結合するのか、またその結果として生物に対してどのような悪影響を及ぼすのかを明らかにするため、魚類のエストロゲン受容体(ER)とその標的分子であるメス特異タンパク質ビテロゲニン(VTG)に着目しました。ERやVTG遺伝子/タンパク質発現の変化を指標として、これまで殺菌剤や医薬品などさまざまな環境化学物質のエストロゲン様作用を世界に先駆けて明らかにし、産卵数の減少など繁殖阻害を引き起こすことも分かりました。また最近の研究では、最先端の計算化学的手法により化学物質-ER分子間相互作用を分子レベルで解析し、新規ERリガンドや生物種間のリガンド感受性、さらにはVTGなどエストロゲン応答遺伝子の発現制御機構などを明らかにしました。一方、残留性有機汚染物質(POPs)である有機フッ素化合物による毒性影響を明らかにするため、脂質代謝に関与するペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(PPARα)に着目した研究も行ってきました。ロシア・バイカル湖に棲息するバイカルアザラシを用いて、完全長PPARα cDNAの単離や細胞を用いたアッセイ系により有機フッ素化合物によるPPARαの活性化を明らかにしました。また、野生集団のアザラシ肝臓中のPPARα遺伝子および異物代謝酵素CYP4A様タンパク発現量は有機フッ素化学物暴露で増加していたことから、PPARαを介した有機フッ素化学物の潜在的毒性影響が明らかになりました。今後はERサブタイプやアンドロゲン受容体(AR)など他の核内受容体についても研究する予定です。

5. 網羅的遺伝子解析技術を活用した化学物質の生体影響および作用機序の解明

 近年の遺伝子解析技術の進展により、DNAマイクロアレイや次世代シーケンスを用いた網羅的遺伝子解析が様々な生物に対して適用できるようになってきており、新規バイオマーカー分子の探索やその機能解析などが進んでいます。  そこで我々は、新規POPsとして知られている臭素系難燃剤や有機フッ素化合物、魚類に対する内分泌かく乱作用の疑われている界面活性剤原料ノニルフェノールなどを対象として、多毛類、甲殻類、魚類などについて網羅的遺伝子発現解析を行ってきました。これらの化学物質の暴露によって、これまで報告されている遺伝子群の発現が変化しましたが、一方でほとんど機能が知られていない遺伝子群の発現も変化しました。今後、これら遺伝子群の機能解析などさらなる研究を行い、新規POPsなどの化学物質による毒性影響メカニズムの一端を明らかにしたいと考えています。

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