文化的対立としての捕鯨問題に関する一考察
―伝統的捕鯨地域の動向―
愛媛大学農学部 細川隆雄
1.はじめに
本稿の目的は、たぶんに戦略国家としての性格を強く持つ米国が自国の都合のよいようにすこぶる意図的に「グローバリズム」という世界的潮流に対して批判的に検討を加え、捕鯨問題を事例に取り上げて、「グローバリズム」の否定的側面を明らかにするとともに、伝統的捕鯨地域の動向を探ることである。
捕鯨問題を取り上げる理由は、「グローバリズム」的潮流が戦略国家アメリカによる一方的主義な「価値観の押し付け」的性格をもつものだとすれば、「鯨を守れずして地球環境は守れない」という大義名分のもとに、「鯨」を「環境」のシンボルとした環境至上主義的「グローバリズム」によって、商業捕鯨が凍結(モラトリアム)されている今日的状況は、「グローバリズム」の否定的側面を如実に示していると思うからである。捕鯨問題は、米国主導の「グローバリズム」の動きを批判的に検討するさい、われわれに格好の材料を与えてくれる。また捕鯨問題を考察することを通じて、「グローバリズム」に変わる対抗軸としての「リージョナリズム」「ローカリズム」の重要性を提起してみたい。
2.戦略国家アメリカと捕鯨問題
2003年6月、第55回IWC年次総会がドイツのベルリンで開かれたが、米英、オーストラリア、ニュージーランドを中心とする反捕鯨国と、日本、ノルウェーを中心とする捕鯨支持国との対立の溝は深く、商業捕鯨の再開に向けた進展は見られなかった。
捕鯨モラトリアムへの国際的枠組み作りは、アメリカの戦略によって遂行されたことは間違いない。当初、アメリカを中心とする反捕鯨勢力は「鯨絶滅論」を持ち出したが、なかなか思い通りにならないことがわかると、票決による数の力で捕鯨を葬り去る作戦に出る。アメリカを中心とする反捕鯨勢力による非捕鯨国、非漁業国への働きの結果、IWC加盟国が急増した。1972年の国連人間環境会議(地球環境サミット)から商業捕鯨全面禁止を決議する1982年までの10年間にIWC新規加盟国は25カ国にのぼった。アメリカの多数派工作は功を奏する。1982年のIWCの年次総会で商業捕鯨全面禁止の決議は採択された。賛成25、反対7、棄権5であった。
日本は商業捕鯨全面禁止の決議に対して、IWC科学委員会が商業捕鯨禁止を勧告していないことを根拠にして異議の申し立てを行った。異議を申し立てた国はそれを撤回するまでIWCの決定に拘束されることは無い。アメリカはパックウッド・マグナソン法という制裁法の発動をちらつかせて日本に異議申し立ての撤回をせまった。P・M法のポイントは、IWCの決定に従わない国はアメリカ200海里内での漁業割当を削減するという点にある。日本はその当時アメリカ200海里内でスケトウダラを中心にほぼ140万トンの魚を捕っていた。年間の生産額が1300億円だった。それに対して捕鯨の生産額は120億円だった。二者択一を迫られた日本は泣く泣く異議申し立てを撤回した。
3.反捕鯨側の主張のポイント
反捕鯨側の主張のポイントはその当否のほどはともかくとして、次の3点にまとめ得る。
- 商業捕鯨の再開に反対。採算性を追求するのが企業の宿命である。野生生物であり一度に一頭しか出産せず授乳期間を持っているクジラにとって、それは種の存亡を脅かすものでしかない。事実、捕鯨船の標的になった種はことごとくその数を減らし、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストでも、絶滅危惧種や危急種、準危急種に指定されている。これらの種については密漁の危険さえ、生息数の回復に重大な影響を及ぼしかねない。商業捕鯨が引き起こす結果は、すでに人類の文明史に刻まれているのである。
- 日本の調査捕鯨に反対。商業捕鯨一時中止のモラトリアムが解除されるまでの「つなぎ」であり、「科学」の名を借りた、鯨肉獲得先にありきの商業捕鯨である。得られた調査結果は、本格的な利潤追求型商業捕鯨の再開に利用される。調査はあくまでも非致死的な手法で行うべきである。
- RMS(改訂版管理体制)の完成に反対。いかなる監視の目も、採算を重視する企業にとっては破るためにあるもの。予防原則に基づくならば、商業捕鯨は再開すべきではない。捕鯨は過去の産業とすべきである。
4.伝統的捕鯨地域の捕鯨再開へ向けての主張
(1)第一回日本伝統捕鯨地域サミット
2002年3月21日、山口県長門市において第一回日本伝統捕鯨地域サミットが開かれた。サミットには開催地の長門市のほか、北海道網走市、宮城県牡鹿町、石川県能都町、千葉県和田町、京都府伊根町、和歌山県太地町、山口県三隅町、山口県下関市、高知県室戸市、長崎県有川町、長崎県生月町、長崎県平戸市、鹿児島県串木野市が参加した。サミットは商業捕鯨モラトリアム以来、埋もれがちになっている捕鯨、鯨の文化的な側面を掘り起こし、広く一般からの理解を深める目的で企画された。サミットには鯨を伝統的に利用してきた地域の人々と研究者などが結集し相互に意見を交換し、全国に残る捕鯨遺産を学び、日本人の鯨に対する想いを再確認した。サミットでは勇壮な鯨捕りの風景を表現した、和歌山太地の鯨太鼓の実演でスタートした。長門市通小学校の児童は、鯨に報恩感謝する通鯨唄を披露し、今も捕鯨に関する無形の文化が残っていることをアピールした。研究発表では、縄文時代から現代にいたるまで、日本に伝わる捕鯨の歴史に関する報告、分析が発表された。
研究発表およびパネル討論の後、会場の一般参加者からの意見も取り入れて、捕鯨・鯨食文化を継承、持続的な鯨・天然資源の利用を目指し、持続的な商業捕鯨の復活、捕鯨文化の伝統を守ることを確認する「伝統捕鯨に関する長門宣言」を採択した。
長門宣言の内容は次の通りである。
- 鯨体の完全利用とその恵みへの感謝を基礎とした我が国の捕鯨の伝統と文化を誇り、これを保存し、発展させます。
- 鯨油だけを生産しクジラ資源を大量かつ無駄に浪費した欧米型の商業捕鯨は行ないません。
- クジラ料理を含め、地域で長年つちかわれた伝統的な地場食材の価値を再認識し、その発展と普及、次世代への継承に努めます。
- 貴重な海の恵みを無駄にすることのないよう、「寄りクジラ」を食用を含め有効利用できる体制の確立を目指します。
- 持続可能な捕鯨に従事する世界各地の人々に敬意を表し、その人たちの生業権と職業へのプライドが尊重されるべきことをアピールします。
- 捕鯨を含む、野生生物の食糧資源に依存している各地の人々と連携し、持続的な天然資源利用の確立を目指します。
- 人類の生活と共に発展してきたクジラの利用の歴史と伝統文化を受け継いだ我が国の沿岸地域における持続可能な捕鯨が開始され、地域経済・社会への貢献と海洋生態系の総合利用が達成されるべきことをアピールします。
- 若い世代もクジラの保護と持続的利用、受け継いできたクジラの文化伝統を次世代に継承していくために最善を尽くします。
(2)鮎川および網走の捕鯨関係者の声
アメリカ主導の下で形成された国際的枠組み、商業捕鯨モラトリアムの今日的状況において、生活権を奪われた伝統的捕鯨地域は自らの地域的アイデンティティーを求めて苦悩している。2001年の12月に筆者はその内の宮城県の鮎川と北海道の網走を訪問し、後継者問題も含めて捕鯨業の困難な状況について捕鯨関係者から話を聞いた。
宮城県牡鹿町のA捕鯨会社のB氏は後継者問題について次のように述べた。「ここ鮎川では鯨で育った我々の世代で捕鯨への灯を消したくないので、捕鯨の再開について水産庁に申し入れを行っている。現在のわが社の従業員について言えば幸い20歳代が2名おり、50代が2名、60代が1名で年齢上のバランスは一応取れている、しかし、捕鯨業に展望がなければ若手は入ってこない。特に鯨の解体のための後継者を育てる必要がある。現在、鯨の解体従事者の年長は75歳にもなっている.鯨の解体には長年の経験がいる」。
鮎川にある日本鯨類研究所のCさんによれば、商業捕鯨禁止の後、鯨の仕事に携わっていた人に対して政府からの補償はなかった。仕事がなくなった人たちは製造業や建設業に仕事を求めた。仮に商業捕鯨が再開されて、鯨が捕れるようになっても若い人は技術的に捕鯨業に就くのは難しいと言う。Cさんは捕鯨文化を守るための必要性を次のように指摘した。「マルハがこの地から撤退した後マルハの土地は観光施設としてのホエールランドになったが、ホエールランドの経営は赤字の状況にある。入場料を1000円から700円に下げた結果、入場者は増えたが依然として赤字から脱却できない。ただ、ホエールランドを閉鎖するわけには行かない。なぜならば、鯨文化を守るためにはホエールランドは必要だと思うからである。捕鯨文化を守るために年一回伝統的な鯨祭りを開催しているが、鯨に興味のない人たちが増えているのが現実である。若い人たちに鯨の味を知ってもらうために月一回学校給食に鯨を提供している。子供たちに鯨をもっと食べてほしい。昔は、鯨はお金を出して買って食べるものではなく貰って食べるものであった。つまり、お裾分けが一般的に行われており、鯨肉のお裾分けは、地域共同体の象徴でもあった」。
北海道網走のF水産加工業者のGさんはIWCへの不満として次のように述べた。「現在IWCは日本に対して生存捕鯨を認めていないが、鮎川も含めて日本の沿岸捕鯨を生存捕鯨として認めてほしい。つまり、日本の沿岸捕鯨をイヌイットの生存捕鯨と同様に扱ってほしい。地域の捕鯨業を救済するためにミンククジラの捕鯨枠50頭を認めてほしい」。1987年の商業捕鯨禁止のあと、鯨加工工場の従業員削減を余儀なくされたが、Gさんは次のように言う。「商業捕鯨禁止の際、政府からの補償は無かった。加工工場のおばちゃん達に辞めてもらうのはとてもつらかった。特に長年勤めた人をリストラするのは非常につらいものだった。規模が小さいものを大きくするのは問題無いが、大きくなったものを規模縮小するのはとても難しい。平成元年から2年までが特にきつかった」。
最後にGさんは言った。「もし捕鯨モラトリアムが解除になれば新しい捕鯨船を造るつもりである」。
5.おわりに―地域文化の復権を目指して―
日本はいま漂流しているように見える。個人も企業も国も確かな方向性を見出しえないでいる。ビジネスの世界では日本型経営のマイナス面が強調され、アメリカ型経営のプラス面が強調される。「グローバリズム」の名の下に「風土」に根ざしたものが軽視される傾向がますます強くなっている。この「漂流した状況」「主体性の欠如した状況」を断ち切るためには「グローバリズム」という価値観に惑わされること無く、「風土」に根ざした「地域性」を重視する必要がある。「世界」が先にあって、個別的「地域」が存在するのではない。世界的枠組み、グローバルスタンダードはあくまでも「地域」のためにある。その逆であってはならない。「地域」のためにはということは「地域に住む人々」のためを意味する。「地域に住む人々の生活」が何よりも最優先されなければならない。つまり世界的枠組み・ルールには「地域」の意向が反映されなければならない、この点、地域住民の意向を反映していない、地域の捕鯨文化を否定するようなIWCの商業捕鯨全面禁止の決議は是正されなければならない。