畜産学の研究
 どんなに優れた遺伝的素質をもった家畜でも、良い飼料を与えなければ成長することはできません。
 優れた家畜に良い飼料を与えたとしても、悪い環境で育てられた家畜は成長することができません。
 家畜の成長や生産を改善するためには、栄養やストレス状態について検討する必要があります。
 私たちは、動物の成長に影響を与える行動、特に摂食行動とストレスに着目して研究を進めています。さらに、いくつかの栄養素が脳に影響を与え、動物の行動も変化させることが明らかにされつつありますので、動物の行動と栄養素との関係についても調べています。

 具体的には下の5つの研究テーマに取り組んでいます。
ニワトリヒナの脳内摂食制御機構について
ニワトリヒナのストレス反応機構について
栄養素による消化管機能の調節について
ニワトリヒナの糖化に関する研究について
未利用資源の飼料化に関する研究について

ニワトリ・摂食行動・脳・ストレス・栄養
ニワトリヒナの脳内摂食制御機構について

 動物は従属栄養生物、つまり体外から栄養素を摂取しなければ生きていくことはできません。したがって、食事を摂る「摂食行動」は動物にとって生命を維持するために必須のものです。さらに、動物が成長する時には体を大きくするための栄養素を摂取しなければいけないし、繁殖する時に作る卵や胎児を作るための栄養素が、あるいは新生児に与える乳のための栄養素を摂取しなければいけません。かといって食べ過ぎると肥満になり様々な疾病の原因になります。したがって、摂食行動は動物の生命維持だけではなく、種の維持や、健康を保つために欠かすことができない行動と言えます。畜産では、家畜に餌を与えて肉や卵、乳を生産するため、摂食行動の調節が大きな研究テーマの一つとされています。

 ニワトリは孵化した直後から、親の力を借りずに自分自身の力でエサを食べます。すなわち、ニワトリは生まれた時にはすでに摂食行動を制御するしくみを身につけていることになります。摂食行動の制御にはが深く関わっているので、ニワトリヒナの脳内における摂食行動について研究を進めています。

 脳には「摂食中枢」や「満腹中枢」の様に、摂食行動を司る神経領域があります。そこには多数の神経細胞が存在していますが、その神経細胞から分泌されることで摂食行動を調節する神経伝達物質を「
摂食調節因子」と呼んでいます。この摂食調節因子は哺乳類では多数発見されていますが、ニワトリにおける研究があまり進んでいなかったので、私たちの研究室ではニワトリヒナにおける摂食調節因子の探索を進めてきました。その結果、多数の摂食調節因子の候補物質を見出すことに成功しましたが、ニワトリヒナにおける脳内摂食調節因子の作用が哺乳動物のものとは異なることが明らかになりました(下表)。

表 脳内摂食調節因子の作用の違い

↑:摂食量が増える ↓:摂食量が減る -:摂食量が変わらない

ペプチドの名前 摂食反応
哺乳動物 ヒナ
ニューロペプチドY
オレキシン -
メラニン凝集ホルモン -
モチリン -
ガラニン -
アグーチ関連ペプチド -
成長ホルモン放出ホルモン
グレリン
コカイン・アンフェタミン誘導転写産物
グルカゴン様ペプチド-1
レプチン -
プロラクチン放出ペプチド
ガストリン
コレシストキニン
ボンベシン
メラニン細胞刺激ホルモン
コルチコトロピン放出ホルモン

 ご覧のように、脳内摂食調節ペプチドの作用は哺乳類とはかなり違います。これは、ニワトリヒナには哺乳類とは違う独自の脳内摂食調節機構が存在していることを示しています。したがって、動物には欠かせない摂食行動も進化の過程で変わってきたと考えられるでしょう。また、同じニワトリでも品種が変われば摂食行動が違います。右の写真のニワトリは同じ日に生まれたもので、左が肉用種、右が卵用種です。人為的な選抜の結果、肉用種は卵用種よりも多くのエサを食べて早く育つようになりました。しかし、なぜ肉用種がエサを多く食べるようになっているのかはよく分かっていません。さらに、肉用種の一部ではあまりに多くのエサを食べてしまうことで、健康を害してしまうものもいます。この肉用種の健康は食事制限をすることで回復するものが少なくありません。したがって、肉用種の一部は自分で食欲をうまく制御できない、いわゆる「過食」の状態になっていることになります。

 畜産学では、ニワトリの脳内摂食調節機構を明らかにし、肉用種の摂食行動にどのような問題があるかを解明することで、効率的な家禽生産に貢献することを目標としています。また、前述のように、ニワトリの摂食行動は哺乳類とは違いますので、摂食行動が進化の過程でどのように変化してきたのかも明らかにしていく予定です。

ニワトリヒナのストレス反応機構について

 現代社会では過剰なストレスが問題視されていますが、ストレスは人間だけではなく動物にもあり、成長や免疫系などに異常が発生する場合もあります。畜産学では、飼育されているニワトリのストレスを軽減するために、ニワトリヒナがどのようにストレスを感じているかを研究しています。ストレス反応機構は神経系や内分泌系(ホルモン)が関与していることが明らかにされていますので、それらがニワトリヒナの行動や成長、消化管機能、免疫機能にどのような影響を与えるかを調べています。

 ところで、ストレスの感じ方もニワトリの品種で異なっていることが明らかになりつつあります。
体の大きな肉用種は比較的ストレスを感じにくく、小さな卵用種はストレスを感じやすいようです。どうしてこのような違いが生まれたのかはよく分かっていません。畜産学ではニワトリ品種間に見られるストレス反応の違いについてを調べています。
栄養素による消化管機能の調節について

 消化管は単に食物を消化・吸収するための器官ではなく、様々な機能を有しています。消化管の機能は@消化、A吸収、B消化管運動(消化管内容物の輸送)、C分泌(消化酵素や消化管ホルモンの分泌)、D免疫(食物中の異物が体内に侵入するのを防ぐ、つまり栄養素は吸収するが細菌等は通さない)の5つに大別することができます。これらの機能は、食品中の栄養素によって調節されていることが明らかにされつつあります。すなわち、私たちの体内で栄養素を感知し、それに応じて消化管機能を変えるという仕組みが存在していることになります。
 ところが、これらの研究のほとんどは哺乳類を対象としたものばかりです。そこで、栄養素がニワトリの消化管機能にどのような影響を与えるかについて調べています。この研究を発展させることで、ニワトリの飼料の利用率を高めるような栄養素を発見することが私たちの目標です。
  ニワトリヒナの糖化に関する研究について

 
 動物の体内では糖化反応と呼ばれる化学反応が起きています。糖化反応とは、血液中に存在しているグルコースが血液中や血管のタンパク質やアミノ酸などと非酵素的に結合するという反応です。糖尿病など高血糖の方に起きやすい反応で、グルコースと結合したタンパク質やアミノ酸は正常に機能することができなくなります。また、グルコースそのものも体内のエネルギー物質として重要なものですが、糖化反応に使われるとエネルギー物質として使うことはできません。これらのことから、糖化反応は体内の栄養素の利用性を低下させていると考えられています。
糖化反応は非酵素的反応なので、基質濃度と反応温度の影響を受けると考えられています。
ニワトリの血糖値は約300mg/100 mlとヒトと比べて高血糖であり、また体温が40℃と高いという特徴を持っています。したがって、ニワトリの体内では糖化反応が起きやすいのではないかと考えました。そこで、ニワトリの体内における糖化反応の程度と、糖化反応による栄養素の利用状態の変化について調べています。
未利用資源の飼料化に関する研究について

  ニワトリの生産コストの半分は飼料代と言われています。また飼料材料のほとんどは海外から輸入しており、海外の相場の影響を受けるため価格が不安定です。これらの問題に対応するためには、国産の飼料を開発しなければなりません。また、ヒトの健康志向の高まりから、様々な機能性成分を含んだ畜産物の開発が求められています。これらの点を基に、新しい飼料材料の探索とその飼料化に向けた研究を進めています。
主な研究手法

畜産学では、主に行動学的、組織学的および分子生物学的手法を用いて研究を進めています。

生理活性物質の各種投与法

脳内投与、腹腔内投与、皮下投与など

・行動学的手法
摂食量や飲水量の測定、赤外線センサーによる自発運動量の測定、ビデオ観察、各種ストレス反応観察法など

・組織学的手法
組織標本の作製と染色(ニッスル染色、ヘマトキシリン・エオシン染色)、免疫組織化学法など

・分子生物学的手法
PCR法、リアルタイムPCRなど


・その他の手法
飼料の成分分析、血中成分分析、LC/MS(液体クロマトグラフィーと質量分析法)など
2007年 畜産学研究室