愛媛大学農学部 生物環境学科 森林資源学コース

 

森林環境制御研究室

Laboratory of Geo-ecosystem Control and Watershed Management

森林水文観測

 

 

「森林水源涵養機能の定量化」は、森林水文学の研究者にとって古くからの命題であり、それを解明するための様々な研究が行われてきた。名著である「森林水文学」(中野、1976)にも記述がある戦前の平田徳太郎(1933)と山本徳三郎(1933)の森林水源涵養機能と湿潤抵抗をめぐる論争は、きわめて激しいものであった。この議論の答えを得るために、岡山県竜の口山の量水試験が開始されたといういきさつがある(遠藤, 2002, 2003)。水源涵養機能の評価、あるいはその定量化は、1970年代頃までは雨量と流量の流域試験観測から、1980年代以降は、現在のフラックス観測を含めた様々な森林水文研究によって、明らかにしようとしてきたが、水源涵養機能に対する決定的な答えを出せているのだろうか。小松ら(2007)によると、流域水収支計測による研究は現在あまり盛んでなく、今後は流域水収支計測データとフラックス・樹液流計測データの協働が重要であると指摘している。つまり、未だその解明が十分ではないと言えるのであるが、それは、昔と違って森林水文研究者の研究の方向性が多様になってきたことが原因か、それとも時代によって研究の方向性が変化してきたことが原因なのか?その本質の議論はおいておくとして、ここでは現場観測をどう設計するかのについて述べることにする。

 

雨量観測と流量観測

雨量観測については、気象観測の基本であって気象観測の書籍等に記載されている通りであり、すでに周知の事項であるため詳しく述べてもあまり意味がない。ここでは、山林地の雨量観測での注意点を述べるにとどめる。水文観測における降雨は、決して一様には降らないことを考えると、誤差が多く含まれる観測である。まず、観測流域に何カ所の雨量計を設置するのが適切なのかが問題となる。「森林水文学」(中野、1976)によると試験流域面積の大きさによって、雨量の観測地点数の目安が示されている。雨量計の設置方法は、岡本(1999a,1999b,2011)が詳しく述べていて、特に山林地に雨量計を設置する上で参考となる内容が多く記述されている。岡本によると「風の影の範囲に入らないように設置すべき」とあるが、これを現地で実際に見極めることは難しいかも知れない。現実的には、森林水文学研究の試験地流域面積の規模(後述する)から考えると最低2カ所(中野によると50haまで)ということになる。2カ所と言うのは、どちらかの雨量計が故障しても観測データが得られること、また一様には降らない雨量が各イベントでどれだけ空間的、時間的にばらついているか判断ができる。また、設置箇所は地面周辺に設置し、周囲が開けている所となるが、森林地ではそのような場所が少ないため、おそらく試験地内の林道端、試験流域の下流端近傍、試験地につながる道路周辺、周辺の人工建物の敷地内、周辺の田畑等になる。理想的には流域内の森林を伐開して雨量計を設置するのが、山林地の場合、完全に「風の影の範囲」に入らないようにすることは難しく、長期間観測のデータの回収、林内の多湿な条件の機器の保守、周辺の森林の生長を考えるとマンパワーが持続的にある場合のみ計画すべきで、できるだけデータ回収、機器保守に省力化できる場所が望ましい。

 

次に、流量観測において最も重要なことは、雨量計と同じく量水堰を設置する場所の選定である。つまり、「水収支を満足する」試験地を設定することである。水文観測は、例外を除くと水源涵養機能の評価のため、降雨量、流出量の観測データは、蒸発散量を推定する必ための長期連続観測に重要な価値がある。それは、古くからの対象流域試験法で用いられる長期観測で得られた降雨量と流出量の関係から、年流出量変化と森林状況の変化を考察するために、水収支を満足すると言う前提の条件が必要なためである。これを考えて試験流域の面積を決める必要がある。「森林水文学」(中野、1976)、服部・志水ら(2001)、「森をはかる」(2003)のように、流域面積は研究の目的によって数haから数十km2の流域面積が考えられる。しかし、現実的には流域面積は約10ha~約20haが最も適当である。その理由は、

 


ア)「水収支を満足する」という条件の問題
流域面積が小さすぎると流域からの漏水、流域外からの浸入など問題がある(鈴木1985)。

 

イ)雨量・流量観測の問題
流域面積が大きすぎると流域平均雨量を算出するための雨量観測が難しくなる。流域面積が大きいと直角三角堰では計測できなくなる。

 

ウ)量水堰の形状による水位観測精度の問題
量水三角堰でも三角形ノッチの頂角が60°、120°のような堰もある。しかし、堰定数を決定するための精度の高い流量検定には限界があるため、ほぼ水理公式が適用できる直角三角堰が望ましい。また、三角堰方式以外の長方形堰、量水路方式は精度が問題となる場合がある。普通、越流部分の刃型ノッチ部分は全面ステンレス板を使うが、最近は金属材が高価なため、刃型の部分のみステンレス板とする場合がある。

 

エ)工事規模と建設費用の問題
流域面積が大きすぎると洪水時の流量に耐えうる量水堰は大規模になり、工事費、管理上も問題となる場合が多い。

 

(現場観測をどう設計するか : 森林水文観測における現場問題の解決方法、水利科学 56(1), 30-41, 2012 からの抜粋し修正)

 

 

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