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植物病原糸状菌の感染戦略を解明する

◆絶対寄生菌であるオオムギうどんこ病菌  - obligate parasite Blumeria graminis f. sp. hordei -

 糸状菌類(カビ)は、もともと土壌中で植物残査などを分解することによって周りから養分を吸収し、生存してきました。しかし進化の過程で、土壌中で生活していたものの中から植物に感染できる菌類が現れ、それが植物病原糸状菌として現存しています。それでは、なぜ植物に感染できる糸状菌が出現したのでしょうか?この答えとしては、土壌中で生存している糸状菌よりも、宿主からの養分を独占できたり、植物組織内という、土壌中よりも温和な環境中で生存できるなどの有利性から、進化の過程で選択されてきたのかも知れません。つまり、植物に感染できる糸状菌というのは、より進化した菌類であることが解ります。そのような糸状菌類の中でも、子のう菌類に属するオオムギうどんこ病菌(Blumeria graminis f. sp. hordei)はより進化した植物病原糸状菌と言うことができます。なぜかというと、この菌は絶対寄生菌だからです。絶対寄生菌というのは、生きた宿主からのみ養分を吸収できる菌類のことを言います。宿主植物が死んでしまうと自らも生存できません。しかしながら、植物細胞に穴を開けて直接侵入し、しかも宿主植物細胞を殺さないような戦略、こういう極めて Sophisticated な生き方を選択したオオムギうどんこ病菌には、研究対象としての魅力が満載です。

◆オオムギうどんこ病菌の細胞学的研究  - Cytological analysis -

オオムギうどんこ病菌の分生子は楕円形で、他の植物病原菌とは異なり、大きさが約10 x 30 um とかなり大きく、また、ほとんどの病原糸状菌の形態形成が100% 近い湿度条件または水中で行う必要性があるのに較べて、本菌の場合70%程度の低い湿度条件で、発芽から侵入、分生子形成といった形態形成を全うすることが可能であり、このことは、マイクロマニピュレータなどで物理的に菌体をつり上げたり他の細胞に移動させたりすることができたりすることを意味します。さらに、菌の行動を、染色したりすることなく観察できるオオムギ子葉鞘細胞組織を用いることで、本菌の感染行動が、そのままリアルタイムで観察できます。このような実験系は、現在他の植物病理学分野では例がなく、本研究室独自のものであり、そのため本菌のいろいろな行動を観察するだけのデータを用いた論文が多数受理されています。


発芽直後の分生子第一発芽管の出現付着器発芽管の出現付着器の形成細胞質凝集(侵入の開始)植物細胞の抵抗性により侵入失敗した菌(左)と植物細胞の抵抗性を上手くかいくぐり侵入に成功した菌(右)吸器の形成成熟した吸器の掌状突起二次菌糸と吸器形態形成に水分が必要なければマニピュレータでこんな風に並べることもマニピュレータでオオムギ子葉鞘細胞上に移動した分生子の発芽と侵入、吸器形成

病原菌と植物の攻防を遺伝子レベルで解析

◆植物の免疫システム  - Plant Immunity -

 様々な微生物が共通に持つ生体構成物質、例えば細胞壁成分や分泌タンパク質などを総称して微生物関連分子パターンといい、植物はこれらを感知することでパターン誘発型免疫(pattern-triggered immunity; PTI)と呼ばれる防御反応を誘導します。多くの微生物はこのPTIによる防御のために感染できないのです。「植物に病気を引き起こす微生物」=「病原菌」なのですが、病原菌はエフェクターと呼ばれる病原性因子を植物細胞内に多数注入してPTIを抑制しているために、感染して増殖することができるわけです。それに対して植物はやられっぱなしというわけではなく、病原菌に対して抵抗性を持つものもいます。その抵抗性植物では、抵抗性(resistance; R)タンパク質と総称されるタンパク質群がこれらのエフェクターを認識して、爆発的な活性酸素種の生成(オキシダティブバースト)、感染部位の自律的細胞死、防御遺伝子の発現、抗菌物質の蓄積などを急速に強く引き起こして防御します。これらの反応を過敏感反応(hypersensitive response; HR)といいます。エフェクターを認識することで誘導される防御反応をエフェクター誘発型免疫(effector-triggered immunity; ETI)とも呼びます。さらに感染していない葉にそのシグナルが伝えられ、二次感染に備えるための全身獲得抵抗性(systemic acquired resistance; SAR)が誘導されます。最近ではこのような多層の防御システムを『植物免疫』と呼ぶようになってきました。


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吸器を形成したうどんこ病菌(緑色蛍光)とHR細胞死

◆オオムギうどんこ病菌エフェクターの研究  - Effector Biology -

 オオムギうどんこ病菌研究の歴史は古く、これまでの植物病理学の基礎を築くのに重要な役割を果たしてきました。最も研究蓄積の豊富な病原菌といっても過言ではありません。ところが2000年以降に急速に進展してきたエフェクター研究は主にトマト斑葉細菌病菌(Pseudomonas syringae pv. tomato; Pst)を中心に行われてきました。なぜかというと、Pstは細菌であるために遺伝子操作がしやすかったからです。また、Pstがモデル植物であるシロイヌナズナに感染できたことも大きな理由のひとつです。遺伝学をベースに次々とシロイヌナズナからR遺伝子が単離されていき、Rタンパク質が認識する非病原性タンパク質、つまりエフェクターも数多く見つかってきました。さらに生化学的な技術が活用されて様々な植物病原菌のエフェクターの病原性機能が分子レベルで解明されつつあります。
 そこで満を持してオオムギうどんこ病菌エフェクターの研究を、と思いきやそこに立ちはだかっている問題が「絶対寄生性」「宿主特異性」です。絶対寄生菌なので人工培養できず、遺伝子操作が非常に困難なのです。さらに、遺伝学的解析が困難なオオムギが宿主であるといった性質が追い討ちをかけています。私たちの研究室では、オオムギうどんこ病菌がどのようなエフェクターを持ち、そのエフェクターがどのように分泌され、どのように宿主細胞へ侵入するのか、どのような病原性機能を持つのか、さらにはどのように植物は防御するのか、これらの謎を明らかにすることを目的として、研究室で長年蓄積してきたオオムギうどんこ病菌の知見に遺伝子組換えやタンパク質工学などの分子生物学的技術を取り入れて研究しています。現在はプロテオーム解析によりエフェクター候補タンパク質を多数発見しており、病原性機能をひとつずつ分子レベルで解析しています。このプロジェクトに参画したい方を募集しています。



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様々な発達段階の吸器