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愛媛大学附属高等学校理科部との高大連携教育研究

伝統的なお酢づくりに関わる微生物の研究

当研究室では、数年に渡り、愛媛大学附属高等学校理科部(顧問:松本浩司 先生)との高大連携教育研究を進めてきました。ここでは、その成果の一部を紹介します。
※本ページは、当研究室が所属する日本農芸化学会の学会誌「化学と生物」内の「農芸化学@HighSchool」に掲載された内容を抜粋したものです。 

【背景と目的】
・お酢は人が作り出した人類最古の調味料とされ、3世紀には日本でも米酢が生産されている。
・造酢技術は江戸時代後期に確立され、現在まで全国各地で営まれている。
・伝統的な「静置発酵法」では、創業以来受け継がれた食酢もろみに生きる発酵菌を使用する。
・静置発酵法では、開放的な樽で長期間静置して豊かな味わいをもつお酢が生産される。
・近代的な「深部発酵法」では、純化した発酵菌により閉鎖的タンクで短時間に大量生産される。

継代培養

なぜ、静置発酵では、「開放的」な樽で「長時間静置するだけで」安定にお酢が生産できるのか?

そこで、伝統的なお酢の静置発酵法において、
 ・長い間大切に植え継がれている「食酢もろみ」には、どのような微生物がいるの?
 ・どのような特徴を持った微生物なの?
 ・どのようにお酢づくりに作用しているの?
という疑問を解決することを研究の目的とした。


【明らかになったこと】
1. 静置発酵の食酢もろみには複数の微生物が生きている。

香川菌叢比較 食酢もろみの菌膜およびもろみ液からDNAを抽出し、PCR-DGGE法によりDNAを分離した。
分離されたDNA断片の塩基配列を解析すると、酢酸菌をはじめ、乳酸菌など複数の微生物の塩基配列と一致した。
以上の結果から、食酢もろみにはお酢の発酵菌であるAcetobacter属、Komagataeibacter属酢酸菌とともに、 Lactobacillus属乳酸菌など複数種の微生物が確認された。

2. お酢の発酵過程で微生物の種類が変化している。

菌叢経時変化 醸造期間の異なる樽の食酢もろみからDNAを抽出し、PCR-DGGE法によりDNAを分離すると、 醸造期間によって微生物の種類や数が異なっていた。
酢酸菌は常に存在していたが、醸造初期ではお酢の製造との関係が疑われる微生物も確認されたが、後期ではその数が減少した。
以上の結果から、開放的な樽では、醸造初期では外部からの微生物の侵入も起こり得るが、酸度が上がるにつれ、 酢酸菌に集約され、安定なお酢づくりが可能となっていることが明らかとなった。

3. お酢屋ごとに、微生物の種類や構成が異なっている。

蔵ごと菌叢比較 全国で静置発酵で醸造を行っているお酢屋にご協力いただき、食酢もろみを収集した。
食酢もろみからDNAを抽出し、PCR-DGGE法によりDNAを分離・比較した。
その結果、微生物の種類や構成はお酢屋ごとに大きく異なっていた。
蔵ごとに種類や数は異なるけれども、主要な菌はAcetobacter属、Komagataeibacter属酢酸菌と Lactobacillus属乳酸菌は共通していた。



4. 酢酸菌の遺伝子は、お酢の原料に依存して分類される。

分子系統樹 酢酸菌は自然界では花や果物とに生息している。
お酢屋と野外の酢酸菌は遺伝子にも違いがあるのか?
附属高果樹園や市販の果物を分離源として、酢酸菌を多数分離し、 お酢生産に直接的に関わるADH遺伝子を指標にして、Acetobacter pasteurianus間で比較した。
その結果、お酢の原料によって大きな違いが見られ、アルコール分や糖分の量が影響しているのではないかと考えられた。


5. お酢屋の酢酸菌は、野外の酢酸菌に比べ、お酢の生産効率が良い。

生産比較 お酢屋の酢酸菌は原料(=生息環境)によって違いが見られた。
では、お酢屋と野外の酢酸菌はどのような違いが見られるのか?
酢酸の生成能を比較すると、お酢屋の酢酸菌は、野外の酢酸菌に比べ、お酢の生産速度は速いが微生物増殖は低いという傾向が見られた。
このことは、お酢はよく生産するが菌体が少なく、お酢づくりに都合がいよいと考えられる。
この結果から、長い間の植え継ぎによって、お酢屋の酢酸菌はお酢づくりに適した性質を持った菌株に集約していると考えられた。


以上のことから、 伝統的な静置発酵では、酢酸菌をはじめとする複数種の微生物が、 経時的に働きかけ豊かな味わいのお酢を作り出していることが分かった。
また、 酢酸菌は、生育する環境(お酢の原料)によって、大きな影響を受けていることが推測された。 100年以上も長い間、お酢屋の蔵ごとで植え継ぐことにより、その原料の違いに応じてその蔵特有の微生物種や数が形成され、 蔵に特徴的な深い味わいが作り出されていると考察した。

全国のお酢屋さんへのアンケート調査により、創業当時から代々受け継がれているもろみのほか、
戦争や震災などでやむなく他の蔵からもろみを受け継いでいることが分かった。
大陸からお酢の醸造技術が伝わった3世紀以前から、全国へ造酢技術が伝わるもの「蔵から蔵へのもろみ(酢酸菌)の譲渡」によるものと推測される。
酢酸菌の遺伝子を更に詳細に調査することで、日本国内での造酢技術の伝播経路が明らかになるのではと期待して研究を続けている。

AiFシンボル
そして、
自分たちの集めた酢酸菌を社会のために活かしたい!!
高校から大学へ、より高度な専門的知識を得て、
「えひめ果実の酢酸菌AiFプロジェクト」へと発展しました。

【えひめ果実の酢酸菌AiFプロジェクトとは】



【愛媛大学附属高等学校理科部のとの主な高大連携の実績】
◯ 實好琴葉・柚山泰成:「伝統的なお酢づくりの秘密は何か?〜300年間受継がれてきた菌の種類とその働き〜」
  日本農芸化学会大会 高校生による研究発表会 2016.03.28
◯ 實好琴葉・小山絵凪・安永理恵:「伝統的な酢をつくる菌とその働き」
  日本農芸化学会大会 高校生による研究発表会 2017.03.18
◯ 實好琴葉・小山絵凪:「農芸化学@HighSchool 伝統的な酢をつくる菌とその働き」
  日本農芸化学会誌 化学と生物 56(1):59-61(2018) 
◯ 小山絵凪:「伝統的なお酢産業再興作戦〜日本独自の発酵産業の文化的・科学的価値〜」
  社会共創コンテスト2017 地域課題部門グランプリ 2017.08.01
◯ 小山絵凪:「酢酸菌セルロース生産能向上のための培養条件〜酢蔵のCNF工場化を目指して〜」
  愛媛大学附属高等学校 平成30年度課題研究
◯ 森本日向・田中千遥:「酢屋で継代培養されてきた酢酸菌の遺伝子比較」
  日本農芸化学会大会 高校生による研究発表会 2019.03.25
◯ 森本日向・田中千遥:「農芸化学@HighSchool 酢屋で継代培養されてきた酢酸菌の遺伝子比較」
  日本農芸化学会誌 化学と生物 57(11):712-715(2019)
◯ 森本日向:「酢酸菌の酢酸生成と原材料の関係」
  愛媛大学附属高等学校 令和元年度課題研究
◯ 田中千遥:「酢屋と野外の酢酸菌の比較と特徴」
  愛媛大学グローバルサイエンスキャンパス2018

そして、愛媛大学農学部に入学した理科部卒業生も、大学入学当初から当研究室で研究を継続しました。
◯ 柚山泰成:「伝統的なお酢づくりに学ぶ『飲むお酢』の開発」
  愛媛大学学生による調査・研究プロジェクト(プロジェクトE)第17回優秀賞 2017.06.21
◯ 實好琴葉:「お酢づくりのルーツを探る〜伝承の記録と遺伝子の変化は一致するか〜」
  愛媛大学学生による調査・研究プロジェクト(プロジェクトE)第19回最優秀賞 2019.06.17
【謝辞】
この高大連携教育研究は、日本全国23箇所の伝統的なお酢づくりを営まれているお酢屋さんのご協力のもと、下記事業の助成により実施されました。

高校生 JST中高生科学研究実践プログラム
武田科学振興財団研究助成
愛媛大学附属高等学校 課題研究
愛媛大学グローバルサイエンスキャンパス
愛媛大学学生による調査・研究プロジェクト
愛媛大学地域協働教育研究支援事業